ろびろびQ -R-

家猫&元外猫の日常

2017年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年12月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

経緯

昨日ろびを見送ってきました。

真っすぐ天国へ行けるように、寂しくて途中で迷ったりしないように
ひとりじゃないよ、最後までちゃんと見届けているよと
火葬場の煙突を見上げながら、18年間のいろんなことを思い出しながら。


ろびの直接の死因は糖尿病でも肥満細胞腫でもなく低体温症です。

19日(日)の夜遅くから便意が止まらずに水便だけが出続ける状態で
翌20日(月)の腫瘍診察時に排便処置(便のかき出し)をしてもらったものの
そのせいなのか今度はお尻の出血が止まらず
痛みもあるのか立ち上がることもままならなくなってしまったため
念のため用意しておいたおむつを着けさせて
火曜日の夜に再度通院する予定でいたのですが

帰宅した私の目に入ったのは2階にいたはずの横たわっているろびでした。


はじめは声をかけても反応せず、大声で「ろび!?ろび!?」と呼んだら
ぼんやりと目を開けて「な゛ーっ、な゛ーっ」と大きく鳴いたので
たまたま開かずの間に置いてあったうちで一番大きな毛布
(亡きデビが昔使っていた大判毛布で今度外猫用におろそうと洗っておいたもの)に
手当たり次第封切ったホッカイロごとろびをくるんで
すぐさま自宅近くの分院→本院へ。
(本院へは分院から連絡を入れておいてくれたので着いてからの対応は早かった)

車内のエアコンをフルにし、吹き出し口に当てて温めた手で
何度もろびの耳や手足をさすりながら車を走らせました。
「まだ、まだだよ」と。

このときはまだ手脚や顔はかすかにですが反応してくれていました。



本院に着き集中治療室へ。そこで「極度の低体温状態であること」
「入院してもこのまま亡くなってしまう可能性があること」を告げられ
連れて帰るかと聞かれたとき一瞬迷いました。

でも、これまでも何度もピンチを切り抜けてきたろびだから
きっと今回もなんとか助かってくれるはずと
少しでも可能性があるならと一縷の望みを託し、預けることにしたのです。


病院から、たった今、心肺停止になったと連絡が入ったのは翌22日
午前1時4分のことでした。
駆けつけたとき夜勤の獣医師さんが蘇生処置を続けてくれている最中でしたが
ろびの顔を見て、もうこちらには戻ってこないことがわかったので
処置を止めてもらいました。

その後のことはあまりよく覚えていません。



おそらく私の留守中に2階の階段から1階まで落ちてしまい
一生懸命這って移動したものの力尽きてしまったのだと思います。
(入院時の血液検査で貧血がかなり進んでいたことも要因と思われます)

今回のことは私の迂闊さが原因です。
肥満細胞腫の再発で左前脚が腫れはじめてから2階のみで生活するようになり
階段には近づかなくなっていたとはいえ
立ち上がることが難しい状態のろびをケージに入れずに出勤してしまった
私の配慮の足らなさがあのコの死を招いてしまいました。

一体どれくらいの時間、暗く冷たい床の上で横たわっていたのか
朝、おむつを着け毛布の上ですやすや寝息をたてていたろび
そのままにしてきてしまったこと

寒かったろうに、冷たかったろうに
ケージに入れていけばよかった
昼休みに一度様子を見に戻ればよかった

なんで、なんで

一番守りたかったコを、こんな形で。



慰めの言葉が欲しいわけではありません。
ただ、今回のことは紛れもなく私の責任であることと
この先も一生忘れないように自分の咎としてここに記しておきます。


ろびを見守ってきてくださった方々へ
今までたくさん応援していただきありがとうございました。
ろびを助けられなくてすみません。

| ろびんとぽっけ | 01:44 | comments:11 | trackbacks(-) | TOP↑

| PAGE-SELECT |